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佐賀地方裁判所 昭和34年(わ)185号 判決 1959年10月08日

被告人 石本マツエ

大一〇・一・三〇生 無職

主文

被告人を懲役十月及び罰金一万円に処する。

但し、本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は肩書住居地で料亭「まつや」を経営していたものであるが、別紙一覧表記載のとおり、昭和三十三年十二月二十五日頃から同三十四年七月二十五日頃までの間、丸田和子ほか四名を右「まつや」に住みこませ、同女らをして同店二階客室等において、対償を得て不特定多数の客を相手に性交させ、もつて人を自己の占有する場所に居住させて、これに売春させることを業としたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は売春防止法第十二条、罰金等臨時措置法第二条に該当するので、その所定の刑期及び罰金額の範囲内で被告人を懲役十月及び罰金一万円に処するが、諸般の情状を考慮し刑法第二十五条第一項を適用して本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、右罰金を完納することができないときは、同法第十八条により金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は別紙一覧表記載の婦女五名が売春をして得た対償については全然これを自己に取得していないから、売春防止法第十二条にいわゆる「売春をさせることを業とした者」にあたらないと主張するので、この点について考えるに、婦女に売春をさせてその対償の全部又は一部を直接自己に取得することを営業としている場合が、右の「売春をさせることを業とした者」であることはいうまでもないが、このような場合に限らず、別の一定の営業を行う者が、その使用の婦女らに売春をさせることによつて間接的ないし実質的に経済的利益を取得し、このため売春をさせることがその営業の一部として重要な意義を有していると認められる場合、これを例えば、料亭、バー等の経営者が住込みの従業婦等に継続的に売春をさせ、この売春を料亭等の営業の客寄せ等に利用して収益を増加せしめたり、さらには売春の対償はその全部を売春をしたものに取得せしめる約束のもとに従業婦としての給料を低額に取りきめたり、或いは売春の相手方となる客に対しては飲食代を普通の客以上に高くして請求したりして、その実態において料亭等の営業と従業婦に売春をさせることが一体となつて行われているような場合には、たとえその婦女らからは売春の対償を全然自己に取得していなくとも、売春防止法第十二条の「売春をさせることを業とした者」であることに変りはないというべきである。

これを本件についてみるに、前掲の各証拠を綜合すれば、被告人は別紙一覧表記載の婦女五名(以下本件婦女らという)を判示「まつや」に住みこませ、同女らを酒席に侍らせて客にサービスさせるとともに、自ら又は年長の従業婦大坪ヨシコ(当時四十二年)を介して、右の婦女らに客を相手に売春することをすすめ、或いは客に同女らの売春の相手方となるように勧誘し、これにより同女らは右「まつや」へ飲食に来た不特定の客を相手に、その二階客室、ときには被告人の内縁の夫の実家である「みのるや旅館」において、対償を得て性交をしていること、右の売春の対償については被告人は直接関与せず、又これを自己に取得していないけれども、これは若し検挙されたときには右の婦女らは勝手に売春をしていたもので、自分は何ら関知していないというための口実に、ことさらにしたことであつて、被告人はこの旨を本件婦女らにもいいきかせてあること、その反面、本件婦女らの従業婦としての給料は食事別で約六千円、若しくは食事付で約三千円ないし二千五百円であつて、食費その他の日用品の支出を考慮すると残りは化粧代、小遣銭程度に過ぎないが、料亭の従業婦として必要な衣裳等はすべて右婦女らの自己負担とされているため、これらを整えるためには被告人から借金するほかなく、借金をすればたやすく返済できる状態ではないこと、右の婦女らは衣裳代、化粧料等のためにいずれも次々と前借を重ね、これを差引かれるため現実に給料を受領したものはなく、そのうえ未済の前借金が逐次増加して来ていること、右のような条件のもとに被告人は客寄せと右婦女らに対する貸付金の回収を計る目的で本件婦女らに売春をさせ、右婦女らもこれを承諾のうえで料亭従業婦として働きつつ、その客を相手に売春をしていたものであること、右「まつや」に来る客のうちには飲食したうえで右の婦女らと性交することを目当に来る者が少くないこと、右の婦女らと性交する客に対しては被告人において普通よりも高額と思われる飲食代金を請求している場合が少くないことが認められるのであつて、被告人の料亭「まつや」の経営は右の婦女らに売春をさせることと表裏一体となつて収益を挙げていたもので、同女らに売春をさせることは被告人の営業の重要な一部であつたと考えられるから、被告人において本件婦女らから売春の対償を得ていなくても、売春防止法第十二条の「売春をさせることを業とした者」に該当するといわねばならない。よつて弁護人の右主張は採用しない。

なお、弁護人は、被告人において本件婦女らに売春をさせたことはなく、単に同女らが売春していることを知つて黙認していたにすぎないから、売春防止法第十一条(第一項)に該当することあるは格別、同法第十二条に該当する事案ではないとも主張するが、前段の説示で明らかなように被告人は本件婦女らに売春をさせていたものであつて、単に売春していることを知つて黙許していたに止まるものではないから、右の弁護人の主張も採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 野間礼二)

(一覧表略)

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